NEW ガラス・陶器・家具において独自の世界観を展開したエミール・ガレの作品110件を展示した展覧会「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」が東京・サントリー美術館にて2025年4月13日まで開催

※以下、画像とテキストは、情報提供を受けてプレスリリースから引用
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「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」概要

ランプ「ひとよ茸」 エミール・ガレ 1902年頃 サントリー美術館
エミール・ガレ(1846–1904)はフランス北東部ロレーヌ地方の古都ナンシーで、父が営む高級ガラス・陶磁器の製造卸販売業を引き継ぎ、ガラス、陶器、家具において独自の世界観を展開し、輝かしい成功を収めました。
ナンシーの名士として知られる一方、ガレ・ブランドの名を世に知らしめ、彼を国際的な成功へと導いたのは、芸術性に溢れ、豊かな顧客が集う首都パリでした。父の代からその製造は故郷ナンシーを中心に行われましたが、ガレ社の製品はパリのショールームに展示され、受託代理人等を通して富裕層に販売されたのです。
1878年、1889年、1900年には国際的な大舞台となるパリ万国博覧会で新作を発表し、特に1889年の万博以降は社交界とも繋がりを深めました。しかし、その成功によってもたらされた社会的ジレンマや重圧は想像を絶するものだったと言い、1900年の万博のわずか4年後、ガレは白血病によってこの世を去ります。
ガレの没後120年を記念する本展覧会では、ガレの地位を築いたパリとの関係に焦点を当て、彼の創造性の展開を顧みます。フランスのパリ装飾美術館から万博出品作をはじめとした伝来の明らかな優品が多数出品されるほか、近年サントリー美術館に収蔵されたパリでガレの代理店を営んだデグペルス家伝来資料を初公開します。
ガレとパリとの関係性を雄弁に物語る、ガラス、陶器、家具、そしてガレ自筆文書などの資料類、計110件を通じて、青年期から最晩年に至るまでのガレの豊かな芸術世界をお楽しみください。
展示構成
※展覧会会場では、章と作品の順番が前後する場合があります
プロローグ:1867年はじめてのパリ万博、若かりしガレの面影

蓋付コンポート エミール・ガレ 1870年代 ポーラ美術館 【通期展示】
磁器装飾職人であったエミール・ガレの父シャルル(1818–1902)は、結婚を機に拠点をナンシーに置き、妻の実家が営んでいたクリスタル製品と磁器を扱う店を継承しました。シャルルはパリでの販売に注力し、1854年頃からパリに受託代理人を立て自社製品の普及に努め、1866年には「皇帝陛下御用商人」の肩書を得ます。1867年のパリ万博では、クリスタルガラス、高級ガラス、ステンドグラス部門で選外佳作賞を受賞しました。
一方、1864年から家業のなかでも陶器デザインを手伝うようになったエミール・ガレ(以下、ガレ)は、1867年のパリ万博で父を手伝い、半年間パリに滞在しました。ここでは、本展の導入として、若かりしガレの原点とも言える作品をご紹介します。
主な出品作品 | ・皿「田園風」 ガレ商会 1854–67年 個人蔵 ・脚付杯「ガーラント」 エミール・ガレ 1867年頃 国立工芸館 ・ゴブレット「ジャック・カロの人物画」 エミール・ガレ 1867–76年 サントリー美術館(菊地コレクション) |
第 1 章:ガレの国際デビュー、1878年パリ万博から1884年第8回装飾美術中央連合展へ

花器「鯉」 エミール・ガレ 1878年 大一美術館 【通期展示】
1877年に家業を引き継いだガレにとって、1878年のパリ万博は経営面・制作面で初めて指揮をとった国際デビューの機会となりました。バカラやサン・ルイなどの大手メーカーも出品した同万博の第19クラス(クリスタルガラス、ガラス、ステンドグラス)でガレは銅賞を受賞し、世界の大舞台で順調なスタートを切ります。本万博でガレは、ジャポニスム・ブームを反映した日本的なモチーフをあしらった作品や、淡い水色の「月光色ガラス」を発表しています。
続いてガレは、1884年にパリで開催された第8回装飾美術中央連合展に参加します。ガレは同展の審査員宛てに出品作品の解説書を準備しました。本展に向け、いかにガラスと陶器の製法や装飾法について研鑽を積み、刷新したかを記したこの解説書には、未来への意欲と活気に満ちたガレの姿が表れています。本章では、パリに迎えられた初期のガレの様子をご紹介します。
主な出品作品 | ・ 脚付杯「四季」 エミール・ガレ 1878年 パリ装飾美術館 Paris, musée des Arts décoratifs ・ 獅子頭「日本の怪獣の頭」 エミール・ガレ 1876–84年頃 国立工芸館 ・ 花器「葡萄畑のエスカルゴ」 エミール・ガレ 1884年 パリ装飾美術館 Paris, musée des Arts décoratifs ・ 花器「海神」 エミール・ガレ 1884–89年 サントリー美術館 ・ 第8回装飾美術中央連合展ガラス部門および陶器部門審査委員会宛解説書 エミール・ガレ 1884年9月22日付 サントリー美術館 |
付章 1 パリの代理店エスカリエ・ド・クリスタル

花器「人物・ふくろう(夜)」 エミール・ガレ 1887‒98年 ウッドワン美術館 【通期展示】
ガレ父子はナンシーに拠点を置きながら、パリでの販売促進に注力しました。パリの代理人に販売を委託する父シャルルのスタイルをガレも引き継ぎ、1879年にマルスラン・デグペルス(1844–1896)が公式にガレ商会の受託代理人となり、その死後は息子アルベール(1873–1966)が継承しました。
パリにショールームを構える一方で、高級小売店に販売を任せる場合もありました。美術工芸品店エスカリエ・ド・クリスタルはそうした取引店のひとつです。ここではガレ作品のなかでも、エスカリエ・ド・クリスタルに販売権を許したモデルを取り上げます。
主な出品作品 | ・花器「草花」 エミール・ガレ 1876–89 年頃 個人蔵 ・マルスランならびにアルベール・デグペルス宛ガレ自筆メッセージカード・書簡、マルスラン・デグペルスの名刺 1883–1902年 サントリー美術館 |
第2章:1889年パリ万博、輝かしき名声

花器「ジャンヌ・ダルク」 エミール・ガレ 1889年 大一美術館 【通期展示】
快調な滑り出しを果たしたガレが、真の意味で輝かしい成功を収めたのは1889年のパリ万博でした。ガラスに対する科学的な研究を重ね、新たな素材と技法を開発し、およそガラス作品300点、陶器200点、家具17点という膨大な出品作品と2つのパヴィリオンを準備したガレは、ガラス部門でグランプリ、陶器部門で金賞、1886年に着手したばかりの家具部門でも銀賞を獲得し、大成功を収めました。
なかでも本万博で発表した黒色ガラスを活用した作品群では、悲しみや生と死、闇、仄暗さなどを表現し、独自の世界の展開に成功しています。ガレの作品に物語性や精神性が色濃く表れるのも、1889年パリ万博での特徴と言えましょう。
この実績によって、翌年、ガレは国立(国民)美術協会の会員に認められ、パリで開催される国立美術協会の年次展に出品するチャンスを手にしました。本章では、1889年パリ万博でのガレの画期的な成果を中心にご覧いただきます。
主な出品作品 | ・花器「マグノリア」 エミール・ガレ 1889年 パリ装飾美術館 Paris, musée des Arts décoratifs ・花器「好かれる心配」 エミール・ガレ 1889年 大一美術館 ・ 1889年万国博覧会グループIII第17・19・20クラス審査委員会宛解説書 エミール・ガレ 1889年 サントリー美術館 ・栓付瓶「ヴェロニカ」 エミール・ガレ 1892年 サントリー美術館(菊地コレクション) |
付章 2 パリ・サロンとの交流

栓付瓶「蝙蝠・芥子」 エミール・ガレ 1892年 サントリー美術館 【通期展示】
1889年のパリ万博での名声を契機に、ガレの交流はパリの社交界へ広がりました。特に同万博において、パリ・サロンの中心人物ロベール・ド・モンテスキウ=フザンサック伯爵(1855–1921)と出会ったことで、芸術文化や社会に影響力のある面々との関係が築かれていったのです。
こうしたネットワークの広がりは、ガレ自身をパリの名士へと後押しする一方、世紀転換期のフランス世論を揺るがした「ドレフュス事件」といった社会問題においても、ガレに想像以上の責任を課すことになりました。ここでは、ガレとパリの社交界との繋がりを示す作品をご紹介します。
主な出品作品 | ・壺「ペリカンとドラゴン」 エミール・ガレ 1889年頃 サントリー美術館 ・煙草入れ「昆虫」 エミール・ガレ 1894年 サントリー美術館 ・花器「秋」 エミール・ガレ 1900年 パリ装飾美術館 |
第 3 章 1900年、世紀のパリ万博

昼顔形花器「蛾」 エミール・ガレ 1900年 サントリー美術館 【通期展示】

1900年パリ万博受注控え 1900年 サントリー美術館 【通期展示】
1900年のパリ万博は、フランス史上、最も華やかな国際舞台となりました。しかし実際には、地方都市には何の利益ももたらさないといった反対の声もあり、このとき中心となって声を上げた都市のひとつがガレの故郷ナンシーでした。この頃のガレは、もはやナンシーの一市民であるだけでなく、フランスを代表する装飾芸術家としてパリでの地位を固めつつありました。
1894年に起きた冤罪事件「ドレフュス事件」におけるドレフュス擁護派としてのガレの急進的な振る舞いも、ナショナリズムが沸き起こるナンシーでは反感を買った一方、パリでは好意的に受け入れられ、故郷ナンシーと国際都市パリの間で、ガレは精神的重圧に苦しみました。
こうした状況で挑んだ1900年のパリ万博でガレは、特にガラス作品において、造形的にも観念的にも、観る者の心を震わす独自の世界観を展開しました。本章では、ガラスと家具の部門でグランプリに輝いた1900年パリ万博の頃の作品を中心に、ガレの傑作の数々をご紹介します。
主な出品作品 | ・聖杯「無花果」 エミール・ガレ 1900年 国立工芸館 ・花器「蘭」 エミール・ガレ 1900年 ポーラ美術館 ・栓付瓶「葡萄」 エミール・ガレ 1900年 サントリー美術館 ・飾棚「森」 エミール・ガレ 1900年頃 サントリー美術館 |
エピローグ:栄光の彼方に

脚付杯「蜻蛉」 エミール・ガレ 1903‒04年 サントリー美術館 【通期展示】
1900年までの成功の裏側で、その準備に疲弊し、社会問題のなかで戦い、故郷ナンシーでは名声ゆえの反発を買うこともあったというガレ。新しい世紀を迎えた1901年あたりから、彼は療養を繰り返すようになりました。そして1904年9月23日、白血病によってその人生に幕を下ろします(享年58)。
ここでは、ガレの最晩年にあたる1901年からの4年間、おそらく死を覚悟していた彼の心情と、独自の芸術のために奔走し、その人生を捧げた、ガレの集大成とも言える作品をご覧いただきます。
主な出品作品 | ・婚礼用皿 エミール・ガレ 1902年頃 個人蔵 ・ランプ「ひとよ茸」 エミール・ガレ 1902年頃 サントリー美術館 ・1904年セントルイス万博のために注文された大樽正面装飾の制作風景 1904年 サントリー美術館 |
開催概要
展覧会名 | 没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ |
会期 | 2025年2月15日(土)〜4月13日(日) ※作品保護のため、会期中展示替を行います |
時間 | 10:00〜18:00 ※金曜日および4月12日(土)は20:00まで開館 ※いずれも入館は閉館の30分前まで |
休館日 | 火曜日(4月8日は18:00まで開館) |
会場 | サントリー美術館 |
住所 | 〒107-8643 東京都港区赤坂9丁目7−4 東京ミッドタウン ガレリア 3階 |
MAP | |
入場料 | 一般/1,700円 大学・高校生/1,000円 中学生以下/無料 ※サントリー美術館受付での販売は開館日のみ ・あとろ割:国立新美術館、森美術館の企画展チケット提示で100円割引 ・団体割引:20名様以上の団体は100円割引 ※割引適用は1種類まで(他の割引との併用不可) |
チケット購入先 | サントリー美術館受付、サントリー美術館公式オンラインチケット、ローソンチケット、セブンチケットにて取扱 |
美術館公式サイト | https://www.suntory.co.jp/sma/ |
SNS一覧 | |
主催 | サントリー美術館 |
協賛 | 三井不動産、鹿島建設、サントリーホールディングス |
後援 | 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ |
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